羽田孜はなぜ64日で退陣したか?省エネルックと政治改革の真相

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羽田孜という人物を語るうえで、今なお国民の記憶に強く刻まれているのが半袖開襟のスーツスタイル、通称省エネルックです。首元を締め付けるネクタイを外し、スーツの上着の袖を半袖に仕立て直したその装いは、当時のメディアや一般大衆から大きな嘲笑と困惑をもって迎えられました。

省エネルック自体は、1979年の第2次オイルショック時に大平正芳内閣が提唱したエネルギー節約運動の一環でした。提唱当時こそ官公庁で話題になったものの、一般的なビジネス慣習には馴染まず、提唱した政治家たちもすぐに長袖スーツへと戻っていきました。その中で、ただ一人この装いを頑なに着用し続けたのが羽田孜でした。

農林水産大臣時代はもちろん、内閣総理大臣に就任した後も、羽田首相は海外要人との会談や国会答弁に半袖スーツで臨みました。テレビのワイドショーでは「みっともない」「一国の宰相としての威厳に欠ける」と連日のように辛辣なバッシングが繰り広げられたものです。当時の街頭インタビューでも「貧相に見える」「真似したいとは思わない」といったネガティブな反応が過半を占めていました。

しかし、羽田本人の動機は極めて論理的でした。自著や生前の回顧インタビューにおいて、彼はこう語っています。
「資源のない日本が、冷房をガンガンに効かせて長袖スーツを着てネクタイを締めること自体がおかしい。まずは上に立つ政治家が率先して無駄を省く姿を見せなければ、国民に省エネなど呼びかけられない」

単なる奇をてらったパフォーマンスではなく、地球環境問題と資源消費に対する切実な危機感からの実践でした。この羽田の頑固な信念は、11年後の2005年に小池百合子環境相(当時)が打ち出した「クールビズ」によって劇的な歴史的再評価を迎えます。ノーネクタイ・ノージャケットが日本のオフィス標準となった現代、羽田孜の省エネルックは「時代が追いつけなかった先駆的アクション」として語り継がれています。

林 結菜

林 結菜

ライフスタイル編集者

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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