徳川慶喜の大政奉還の真の狙いとは?幕府終焉の真相と二条城の舞台裏

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大政奉還をわかりやすく解説する際、多くの人が「幕府が追いつめられて権力を手放した出来事」と解釈しがちです。しかし、政治主導権を握っていた徳川慶喜の真の狙いは、政権を捨てて生き残るどころか、新政府の首班として君臨することにありました。

当時の幕府は、長州征討の失敗や列強諸国からの外交圧力によって機能不全に陥っていました。薩摩藩の西郷隆盛や大久保利通、長州藩の木戸孝允らは武力で幕府を武力討伐する密勅を着々と整えており、開戦は時間の問題でした。このとき慶喜が下した決断こそが、「名目上の統治権(政権)を朝廷に返上する」という大政奉還です。

朝廷には、全国の諸藩を統制したり、諸外国と複雑な外交交渉を行ったりする官僚組織も軍事力も財政基盤もありませんでした。名目上は朝廷に大政を返しても、全国最大の直轄領約400万石と強力な幕臣団、外交窓口を一手に握る徳川家を抜きにして国家運営ができるはずがないという計算が慶喜にはありました。つまり、形式的に形式主権を朝廷へ戻したうえで、自らを議長とする「諸侯会議(大名会議)」を組織し、事実上の議会制首長として日本を動かす青写真を描いていたのです。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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