ヘンリー広瀬の現在と病気の真相|高橋真梨子と歩む夫婦の絆と音楽人生
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ヘンリー広瀬という人物の真価は、妻を支える良き夫という一面にとどまらず、日本のポップス・歌謡史を牽引した屈指のマルチプレイヤーであり、凄腕の音楽プロデューサーである点にあります。父親は元力士、母親は岐阜の料亭の娘というユニークなルーツを持ち、幼少期から研ぎ澄まされたリズム感と感性を育みました。
キャリアの転機となったのは、ラテン歌謡の草分け的グループであるペドロ&カプリシャスへの参加です。ギタリストとしての卓越したテクニックに加え、フルート、サックス、キーボード、パーカッションまで自在に操るマルチインストゥルメンタリストとしてバンドサウンドの中核を担いました。初代ボーカルの前野曜子が脱退した後、1972年に彗星のごとく加入したのが若き日の高橋真梨子でした。
バンド内で音を重ねるうちに二人は唯一無二の信頼関係を構築します。1978年に高橋真梨子がソロ活動へ踏み切ると、ヘンリー広瀬もグループを離脱し、彼女の専属プロデューサーおよびバンドマスターに就任しました。ここから日本の音楽史に残る黄金時代が幕を開けます。
ソロ転向後のプロデュースワークは圧巻の一言に尽きます。1984年の「桃色吐息」(オリコン最高4位、大ヒットを記録)をはじめ、1992年の「はがゆい唇」、1996年の「ごめんね…」など、大人の情感を描かせたら右に出るものはいない名曲を次々にチャート上位へと送り込みました。高橋真梨子のハスキーかつ伸びやかな歌声を最大限に活かすアレンジと緻密なプロデュースワークは、ヘンリー広瀬の卓越した音楽的審美眼があってこそ結実した成果です。