尾崎豊の最期に何があったのか|死因の真相と空白の経緯を徹底追究
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逝去の直後、所属事務所および警察から発表された公式の死因は「肺水腫(はいすいしゅ)」でした。肺水腫とは、肺胞の毛細血管から血液中の液体成分が漏れ出し、肺に水が溜まって重度の呼吸困難や窒息を引き起こす病態です。しかし、26歳という極めて若い青年が突如として致死的な肺水腫に陥った理由について、当初は詳細が伏せられていたため、メディアやファンの間で大きな疑念が生じることとなりました。
遺体の状況に不審な点(全身の皮下出血や擦過傷)が散見されたことから、千住警察署および東京地方検察庁は事件性の有無を確かめるため、行政解剖ではなく刑事訴訟法に基づく司法解剖を実施しました。解剖を担当したのは、日本の法医学界で知られた東京大学医学部法医学教室の支倉登憲教授(当時)らのチームです。
司法解剖の結果、尾崎さんの遺体から検出されたのは、血中濃度にして約2.64マイクログラム/ミリリットルという、一般的な致死量(0.5〜1.0マイクログラム/ミリリットル程度)をはるかに上回る高濃度の覚醒剤(メタンフェタミン)でした。胃の内部からも大量の覚醒剤成分が検出されたことから、経口摂取によって急速に体内に吸収され、交感神経の過剰興奮と急激な心肺機能不全が引き起こされた結果、重篤な急性肺水腫を誘発したという事実が医学的に裏付けられました。
つまり、死因の真相は「外傷による失血や致命傷」ではなく、「覚醒剤の過剰摂取(オーバードーズ)に伴う急性メタンフェタミン中毒およびそれに起因する急性肺水腫」であったことが確定しています。1988年に一度覚醒剤取締法違反で逮捕され、その後復帰を果たしていた尾崎さんでしたが、精神的なプレッシャーや不眠、孤独感から再び薬物に依存していた実態が法医学のメスによって浮き彫りとなりました。