池田勇人の生涯と功績|所得倍増計画の舞台裏や失言の真相を徹底解説

池田勇人の生涯と功績|所得倍増計画の舞台裏や失言の真相を徹底解説の特集記事をご紹介します。最新トレンドが満載です。

1960年7月に内閣総理大臣に就任した池田が打ち出した看板政策こそが、日本近代史上最も成功した経済政策と呼ばれる「国民所得倍増計画」です。当時の社会は、安保改定を巡るデモ隊と警察の衝突で荒れ狂い、国民の間に対立と疲弊が蔓延していました。池田はこの荒んだ空気を一変させるため、「対立から協調へ」「政治の季節から経済の季節へ」と舵を切りました。

この計画の理論的支柱となったのが、気鋭の経済学者・下村治博士です。下村が唱えた「日本経済の潜在成長力は年率10%を超える」という強気な成長論に、大蔵大臣経験者である池田が強く共鳴。党内の慎重論を退けて「10年以内に国民所得を2倍にする」という大胆な数値目標を閣議決定しました。

計画指標・インフラ項目政府の当初目標値実際の達成実績・数値後世の評価・歴史的インパクト実質GDP成長率年平均 7.2%年平均 約10.1%(1960〜1970年)予想を大幅に上回る驚異的な大躍進を記録国民所得倍増の所要年数10年(1970年度目標)わずか約4年3ヶ月(実質達成)国民生活の急激な底上げと中間層の形成国家インフラ整備基幹交通網の近代化着手東海道新幹線開通・首都高整備1964年東京五輪に合わせた国土改造の完遂家電・耐久消費財の普及都市部を中心とした生活改善テレビ・冷蔵庫普及率90%超「一億総中流社会」と呼ばれる意識の定着

池田政権下で進められた積極財政と減税政策、そして旺盛な民間設備投資は、日本経済を爆発的な成長軌道に乗せました。名和・池田ラインが進めた重化学工業化と輸出主導モデルによって、鉄鋼、自動車、家電などの製造業が世界を席巻。1964年の東京オリンピック開催と東海道新幹線の開通は、戦後日本の完全な国際社会復帰と技術大国への跳躍を象徴する一大モニュメントとなったのです。

佐々木 一輝

佐々木 一輝

ビジネス戦略アナリスト

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest