千日回峰行の達成者一覧!命懸けの苦行を制した歴代大阿闍梨の現在
千日回峰行の達成者一覧!命懸けの苦行を制した歴代大阿闍梨の現在に関する最新のニュースをまとめてご紹介します。関心のある方は必見です。
千日回峰行の起源は、平安時代中期の貞観年間(859〜877年)、比叡山延暦寺の開祖・最澄の弟子である相応和尚(そうおうかしょう)が不動明王を感得し、比叡の峰々を巡り歩いたことに始まります。山川草木すべてに仏性が宿ると説く天台本覚思想に基づき、比叡山中の諸堂、谷、霊跡を礼拝しながら巡る修行として体系化されました。
千日回峰行と総称される修行には、主に天台宗比叡山延暦寺の「北嶺回峰行」と、金峯山修験本宗(吉野・大峯山)の「大峯千日回峰行」という2つの大系統が存在します。両者は舞台や歴史的背景が異なるものの、どちらも命を賭して自己を滅却し、衆生救済の祈りを捧げる点において共通しています。
比叡山の回峰行は7年間をかけて行われます。1〜3年目は年に100日、4〜5年目は年に200日、比叡山の山中約30〜40キロを巡拝。5年目(700日)を終えた段階で最大の関門である「堂入り」を迎え、これを無魔成し遂げた行者のみが「当行満阿闍梨」となり、6年目の「京都大廻り(1日約60キロを100日)」、7年目の「京都大廻り100日+比叡山中100日(計200日)」を経て、通算1000日を満行します。満行を迎えた行者には、天台座主より「北嶺大行満大阿闍梨(ほくれいだいぎょうまんだいあじゃり)」の称号が授与されます。
一方、修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)に連なる大峯千日回峰行は、奈良県吉野の金峯山寺蔵王堂から標高1,719メートルの大峯山寺本堂(山上ヶ岳)までの往復約48キロ、高低差1,350メートルを超える険山を、1年のうち山開きの期間(5月3日〜9月23日)に毎日歩き続け、9年を費やして1000日を満行する過酷を極めた行法です。