宗右衛門町ブルース誕生秘話とモデルの真相!200万枚の軌跡
今注目を集めている 宗右衛門町ブルース誕生秘話とモデルの真相!200万枚の軌跡について、主要な情報をご紹介しています。
本楽曲の誕生は、大阪ミナミのキャバレー現場という泥臭いリアリズムから生まれました。当時、ミナミの有名ナイトクラブでバンドマスター兼専属作曲家として活躍していた山路進一氏が哀愁漂うメロディーを書き上げ、そこに言葉を乗せたのが漫才師・平和ラッパ門下出身のエンターテイナー、平和勝次氏(ペンネーム:山口洋)でした。
平和勝次氏は、自ら率いるコミック・歌謡グループ「平和勝次とダークホース」の勝負曲としてこのメロディーに着目。道頓堀川の水面、雨に濡れる御堂筋のイチョウ並木、そして夜の街で交わされる別れの言葉を、極限まで無駄を削ぎ落とした七五調の歌詞に仕立て上げました。自主制作盤の手売りから始まったシングルは、有線放送のリクエストから爆発的に火がつき、大手レコード会社の目に留まってメジャーリリースされるという、まさに昭和のサクセスストーリーを体現したのです。