卑弥呼の墓は九州にあるのか?吉野ヶ里や平原遺跡の発掘から迫る真相
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九州説の中でも、実物資料の圧倒的な豪華さから「卑弥呼の真の墓ではないか」と長年語り継がれているのが、福岡県糸島市に位置する平原遺跡(平原王墓)です。
平原遺跡1号墓から出土した副葬品は、古代史の常識を覆すものでした。中でも特筆すべきは、直径46.5センチメートルという日本最大級の「大型内行花文鏡」5面を含む、計40面もの銅鏡です。この大型鏡は、伊勢神宮の御神体である「八咫鏡(やたのかがみ)」の原形ではないかとも推測されています。
さらに、出土した人骨の鑑定結果から、埋葬されていた人物が40歳前後の女性であることが判明しています。多量の勾玉や管玉、ガラス製耳飾(耳璫)といった女性用の最高級装身具が同時に発見されたことも、被葬者が宗教的・政治的権威を持った女性首長であることを強く裏付けています。
考古学者の原田大六氏は、この平原1号墓こそが卑弥呼の墓であると強く主張しました。平原遺跡が位置する糸島地域は『魏志倭人伝』に登場する「伊都国」の比定地であり、一大率(邪馬台国が諸国を監視するために置いた機関)が置かれた外交・軍事の要衝です。女王の墓がこの地に造営されたとしても歴史的文脈に何ら不自然さはありません。