チャレンジャー号爆発事故の真相|73秒の悲劇と組織的欠陥の全貌
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1986年1月28日午前11時38分(米東部標準時)、フロリダ州ケネディ宇宙センターからスペースシャトル「チャレンジャー号(ミッションSTS-51-L)」が打ち上げられました。このフライトには、全米から選ばれた一般教師を宇宙へ送り込む「教師・イン・スペース」計画の象徴としてクリスタ・マコーリフ氏が搭乗しており、全米の学校の教室で何千万人もの子どもたちがテレビ中継にかじりついていました。
快晴の空へ吸い込まれるように上昇した機体は、発射から約58秒後に右側固体ロケットブースター(SRB)の接合部から異常な炎を噴出し始めます。そして打ち上げから73秒後、高度約1万4600メートル(音速の約2倍)に達した瞬間、外部燃料タンクが破損して液体水素と液体酸素が一気に発火。巨大な白煙の雲が空を覆い尽くし、機体は激しい空力荷重によって無残にも空中分解しました。
管制センターの「明らかに大きな異常が発生しました(Obviously a major malfunction)」というアナウンスが響くなか、歓声に沸いていた見学席は一瞬で絶望の静寂へと変わりました。司令船の破片は大西洋上へと落下し、搭乗していた7名のクルー全員の死亡が確認されるという、米宇宙開発史上最悪の惨事となったのです。