阿部寛とメンズノンノの伝説|43号連続表紙の真相と苦悩の役者道
阿部寛とメンズノンノの伝説|43号連続表紙の真相と苦悩の役者道に関する専門家の意見を分かりやすく解説いたします。
1987年、映画『はいからさんが通る』で俳優デビューを果たした阿部寛でしたが、華々しいスタートとは裏腹に、すぐに厳しい現実へと直面します。
当時、阿部寛を苦しめた最大の要因は、皮肉にもモデルとしての最大の武器であった「189cmの高身長」と「完璧すぎるルックス」でした。当時の日本の映画・ドラマ界において、共演する女優や主演俳優と並んだ際に身長差が開きすぎてカメラの画角に収まらない、画面の中で浮いてしまうといった理由から、キャスティングを敬遠される事態が頻発したのです。
さらに、バブル景気の波に乗って購入した投資用マンションの価格がバブル崩壊とともに大暴落。数億円とも言われる巨額の借金を背負うことになりました。仕事は激減し、パチンコで生計を立てながら日々をしのぐという、モデル時代の華やかさからは想像もつかない壮絶な下積み時代を経験することになります。
自著『アベちゃんの悲劇』でも赤裸々に語られている通り、「かつてのトップモデル」というプライドが邪魔をし、一時は精神的にも追い詰められていたと当時のインタビューで回顧しています。