ハニベ巌窟院はなぜヤバい?巨大仏頭と地獄めぐり洞窟の全貌

ハニベ巌窟院はなぜヤバい?巨大仏頭と地獄めぐり洞窟の全貌についての疑問解決ガイドをご紹介します。

ハニベ巌窟院を単なる珍スポットとして片付けることは、この地に込められた崇高な精神性を見誤ることになります。この空間を創り上げたのは、日展の審査員などを歴任し、昭和期の日本彫刻界で確固たる地位を築いた彫刻家・都賀田勇馬(つかた ゆうま、1891〜1981)です。

施設の名称にある「ハニベ」とは、古代日本で土器や埴輪を制作していた工人集団「埴部(はにべ)」に由来します。太平洋戦争の終戦後、焦土と化した日本社会を目の当たりにした都賀田勇馬は、「世界平和の祈りと人類の救済」を己の芸術で体現することを決意。1951年(昭和26年)、かつて石材が切り出されていた小松の山山を買い取り、自らの手で巨大な洞窟彫刻院の開削を始めました。

現在山肌に鎮座する巨大仏頭は、当初全高約33メートルにおよぶ阿弥陀如来の大立像として構想されていた計画の第1段階でした。勇馬の没後、2代目の都賀田伯馬、そして現3代目院主へと技術と精神が受け継がれ、未完でありながらも強烈な存在感を放ち続けています。また、洞窟の外に広がる山頂ルートには穏やかな釈迦涅槃像や阿弥陀如来像が配されており、「地獄(人間の罪業)を抜けた先に極楽(精神の解放)がある」という仏教の世界観が一連のランドスケープとして設計されています。敷地内の「ハニベ前近代美術館」には、彼らが蒐集・制作した古今東西の美術工芸品が所狭しと並び、圧倒的な密度を誇っています。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest