伊東甲子太郎と油小路の変|新選組参謀が辿った壮絶な最期と真相

伊東甲子太郎と油小路の変|新選組参謀が辿った壮絶な最期と真相にまつわる最新トピックを分かりやすく発信ます。

近年の幕末史研究では、ステレオタイプな「新選組=正義、伊東派=悪」という図式が見直され、伊東甲子太郎の実力・強さと人格に対する再評価が進んでいます。

剣術面において、伊東は神道無念流の永倉新八や天然理心流の沖田総司らからも一目置かれており、単なる道場剣術にとどまらない実戦力を備えていました。また、油小路の変で奮戦した服部武雄の鬼神のごとき強さを見ても、伊東のもとに集まった志士たちがいかに高い戦闘能力と結束力を誇っていたかが証明されています。

事件後、生き延びた弟の鈴木三樹三郎は、御陵衛士の残党とともに赤報隊二番隊を結成。戊辰戦争では新選組への復讐を誓って新政府軍の先鋒として戦い抜きました。近藤勇が下総流山で捕縛された際、その身元を特定して処刑へと追い込んだ中心人物も三樹三郎でした。維新後の三樹三郎は司法省や警察庁に出仕し、福島県警察部長や裁判所判事を歴任。大正8年(1919年)に82歳の天寿を全うするまで、兄・甲子太郎の志を胸に近代日本の法治体制構築に尽くしました。

なお、伊東甲子太郎の子孫については、伊東自身が33歳の若さで非業の死を遂げたため直系の子は遺されていませんが、実家である鈴木家の親族や弟・三樹三郎の血統が現代へと受け継がれています。茨城県かすみがうら市(旧志筑藩領)の生誕地や京都・本光寺の墓所には、今なお多くの歴史ファンや研究者が訪れ、非業の死を遂げた天才参謀の遺徳を偲んでいます。

加藤 愛美

加藤 愛美

エンタメ専門ジャーナリスト

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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