阿部寛とメンズノンノの伝説|43回連続表紙とどん底から復活した全真相

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阿部寛の芸能キャリアの幕開けは、極めて日常的な動機からでした。中央大学理工学部電気工学科に在学中だった1985年、実姉から「優勝賞品の車(三菱ミラノ)が手に入るから」と強く勧められ、集英社主催の「第3回ノンノボーイフレンド大賞」に応募。並み居る応募者の中から見事にグランプリを獲得したことがすべての始まりでした。

翌1986年5月、女性誌『non-no』の男性版として満を持して創刊された『MEN'S NON-NO』の創刊号表紙に抜擢されると、その端正な顔立ちと日本人離れした手脚の長さで全国の読者に鮮烈な衝撃を与えました。当時、阿部寛とともに誌面を牽引したのが風間トオルです。この二大カリスマモデルの登場によって、従来の「男らしさ」とは一線を画す、清潔感と洗練を兼ね備えた「MEN'S NON-NO系男子」という一大ファッショントレンドが誕生しました。

特筆すべきは、創刊号から刻み続けた「43号連続表紙」という伝説的な記録です。創刊からの約3年半、雑誌の顔として毎号表紙を飾り続けたこの偉業は、国内外の雑誌出版史上でも類を見ない金字塔であり、当時のメンズファッション界における阿部寛のカリスマ性がどれほど突出していたかを雄弁に物語っています。

佐藤 大輔

佐藤 大輔

シニアコンテンツプロデューサー

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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