萬屋錦之介の壮絶生涯|16億借金と病魔、家族の愛憎劇の真実

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1932年(昭和7年)、三代目中村時蔵の四男として東京に生まれた萬屋錦之介(本名:小川錦一)。名門・播磨屋の血を引く歌舞伎界の御曹司として初舞台を踏みますが、1953年に映画界への転身を決断します。長兄の二代目中村歌昇、次兄の四代目中村時蔵、三兄の初代中村獅童、そして実弟で後に名優となる中村嘉葎雄とともに、歌舞伎の枠を超えた挑戦をスタートさせました。

東映に入社した錦之介は、美空ひばりらとの共演で瞬く間にトップスターへと登りつめます。巨匠・内田吐夢監督とタッグを組んだ映画『宮本武蔵』5部作(1961〜1965年)では、内省的で荒々しい武蔵の魂を見事に体現し、日本映画史に燦然と輝く金字塔を打ち立てました。

1970年代に入ると主戦場をテレビ時代劇へと移し、日本テレビ系列で放送された『子連れ狼』の拝一刀役で国民的なブームを巻き起こします。「大五郎、ちゃーんと呼べ」という名セリフと、乳母車に仕込まれた銃火器で敵をなぎ倒すケレン味あふれるアクションは、日本国内にとどまらず海外のクリエイターにも多大な影響を与えました。さらに『破れ傘刀舟悪人狩り』で見せた「てめえら人間じゃねえや、叩っ斬ってやる!」という啖呵は、今なお時代劇ファンの間で語り草となっています。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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