辛つゆと十割蕎麦が唸る極み!高遠そば「ますや」の真実に迫る

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高遠そばを語る上で欠かせない歴史の立役者が、江戸初期の名君・保科正之である。

高遠藩主から会津藩初代藩主へと転封された際、保科正之はこの地で愛されていた辛み大根と味噌で食べる蕎麦文化をそのまま会津へと持ち込んだ。その文化が後に東北の地で「高遠そば」として受け継がれ、現代になって信州へと逆輸入される形で再評価された経緯がある。

日本料理の長い歴史のなかで、醤油が庶民に普及する以前の古代の食べ方を現代に色濃く残す生きた化石のような一杯。ますやの格子窓から外を眺めながら蕎麦をすすれば、数百年の時を超えて受け継がれてきた武士たちの質実剛健な息遣いすら感じられるはずだ。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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