出会えば即死?最凶怪異「七人ミサキ」の正体と呪いの連鎖の真相
出会えば即死?最凶怪異「七人ミサキ」の正体と呪いの連鎖の真相の基礎知識と応用に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。
七人ミサキの起源には複数の伝承が存在しますが、歴史上最も有名かつ具体的な元ネタとして知られているのが、戦国時代の土佐を統一した長宗我部家にまつわる凄惨なお家騒動です。
長宗我部元親の甥にあたる武将・吉良親実(きら ちかざね)は、武勇と人徳を兼ね備えた名将として知られていました。しかし、元親の跡継ぎ問題を巡り、奸臣の讒言を受けたことで元親の激しい怒りを買い、無念の切腹を命じられます。このとき、主君の無実を訴え、後を追って殉死した家臣が7人いました。
無念の死を遂げた7人の怨念はすさまじく、親実の墓所や長宗我部家周辺で奇怪な現象が続発。関係者が相次いで狂死・急死するなど、凄まじい祟りが土佐の国中を震撼させました。元親は怨霊を鎮めるため、親実を祀る神社を建立しましたが、非業の死を遂げた7人の武士の霊は成仏することなく彷徨い続け、やがて「七人ミサキ」として恐れられるようになったと記録されています。