尾崎豊の死因と他殺説の真相|肺水腫の経緯や残された遺書を検証
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死後約2年が経過した1994年、写真週刊誌に司法解剖時の死体検案書が流出し、死因をめぐる議論は新たな局面を迎えます。検案書に記されていた真の死因は「急性メタンフェタミン中毒」、すなわち覚醒剤の過剰摂取による肺水腫でした。
鑑定結果によると、体内から検出された覚醒剤の血中濃度は2.64μg/mlという極めて高い数値を示していました。これは一般的な致死水準を大幅に上回る量であり、短時間に大量の薬物が体内に入ったことを物語っています。
尾崎豊は1987年にも覚醒剤取締法違反で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた過去がありました。その後は音楽活動に復帰し、薬物を断ち切ったと見られていましたが、精神的なプレッシャーや葛藤の中で再び薬物に手を染めてしまったのか、あるいは偶発的な過剰摂取だったのかについては、決定的な結論が出ないまま議論が続いています。