草刈正雄の父親は生きていた!70年越しに判明した衝撃の真相
草刈正雄の父親は生きていた!70年越しに判明した衝撃の真相の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。
草刈正雄さんが物心ついた頃から、母・スエ子さんは一貫して「お父さんは朝鮮戦争で戦死した。遺体も戻らず、写真も焼いてしまって一枚も残っていない」と語り聞かせてきました。父親の顔も名前も知らず、自身が米兵と日本人女性の間に生まれた「ハーフ」であるという事実だけを背負い、福岡県小倉市(現・北九州市)の貧しい母子家庭で育った草刈さん。しかし、その前提は70年越しに覆されることになります。
NHKの取材班がアメリカ海兵隊や陸軍の公文書、全米の戸籍データを徹底追跡した結果、父親は戦死などしておらず、朝鮮戦争を無事に生き延びてアメリカ本国へ帰国していたという動かしがたい事実が判明したのです。父親は帰国後に除隊し、ノースカロライナ州で新たな人生を歩み、2013年に78歳でこの世を去っていました。
ではなぜ、母のスエ子さんは「戦死した」と偽り続けたのでしょうか。戦後の日本社会には、米兵と日本人女性、そして混血として生まれた子どもに対する苛烈な偏見と差別が渦巻いていました。もし「父はアメリカに帰った」「自分たちを置いて去った」と伝えれば、息子は一生「父親に捨てられた」という深い傷を負うことになります。「勇敢に戦って名誉の戦死を遂げた」と告げることで、息子の誇りを守り、父親への恨みや未練を断ち切らせようとした——それこそが、女手一つで息子を育て上げた母・スエ子さんの哀しくも気高い愛の決断だったのです。