中曽根康弘の功罪と実像|国鉄民営化・ロンヤス外交から華麗なる家系図まで

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中曽根外交の代名詞といえば、アメリカのロナルド・レーガン大統領との間で築かれた個人的な信頼関係、いわゆる「ロン・ヤス関係」です。ファーストネームで呼び合う首脳外交は、従来の受動的だった日本の対米姿勢を一変させ、国際社会における日本のプレゼンスを一気に押し上げました。

1983年の訪米時、中曽根首相は日本列島をソ連の脅威に対する「不沈空母」に見立てて防衛力を強化する姿勢を表明(米紙ワシントン・ポストのインタビュー報道で物議を醸す)するなど、西側陣営の一員としての明確なコミットメントを打ち出しました。同年5月のウィリアムズバーグ・サミットでは、首脳陣の記念撮影で中央のレーガン大統領のすぐ隣に陣取り、「日米同盟の緊密さ」を全世界にアピールしたシーンは歴史的瞬間として記憶されています。

防衛費のGNP(国民総生産)1%枠を撤廃し、防衛計画の大綱を実効性あるものへ改定したことも、現在の安全保障政策の基盤となっています。対米協調を軸に国際協調路線を確立した功績は大きい反面、プラザ合意(1985年)による急速な円高容認が後のバブル経済とその崩壊へつながった点や、1985年の靖国神社公式参拝がアジア諸国との外交摩擦の発端となった点など、重い影を落とす外交判断も少なくありませんでした。

鈴木 陽菜

鈴木 陽菜

テックライター兼ウェブディレクター

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