桐島聡が最期を迎えた鎌倉の病院とは?偽名逃亡50年と告白の真相に迫る
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桐島聡が関与した「連続企業爆破事件」は、1974年から1975年にかけて日本の名だたる大手企業を標的に敢行された極左過激派テロ事件です。
桐島が所属していたグループ「東アジア反日武装戦線」は、「狼」「大地の牙」「さそり」と呼ばれる3つの独立した細胞(セル)で構成されていました。桐島は明治学院大学在学中に「さそり」班に参加。1975年4月に東京都銀座の「韓国産業経済研究所」のビルに手製パイプ爆弾を仕掛けて爆破した容疑などで、同年5月に警察庁から全国重要指名手配を受けました。
グループの主要メンバーが次々と逮捕される中、桐島だけは警視庁の追跡を間一髪で逃れ、広島県の実家に現金を無心したのを最後に消息を絶ちました。他のメンバーの裁判が国外逃亡などによって長期停止していたため、共犯者の公訴時効が停止し、桐島に対する逮捕状の効力も半世紀にわたって維持され続けたという法的な特殊性がありました。