国分太一の若い頃が超イケメン!Jr時代とSmap前身の軌跡を徹底解剖

国分太一の若い頃が超イケメン!Jr時代とSmap前身の軌跡を徹底解剖の総合ガイドをご紹介します。専門的な知識が詰まっています。

国分太一のキャリアを語る上で欠かせないのが、デビュー前に所属していた2つの重要ユニットです。1988年、当時社会現象を巻き起こしていた光GENJIのバックダンサーグループとして結成されたのが「スケートボーイズ」でした。

このスケートボーイズには、後にSMAPを結成する中居正広、木村拓哉、稲垣吾郎、森且行、草彅剛、香取慎吾とともに国分太一も初期メンバーとして名を連ねていました。ローラースケートを履いてステージを駆け巡る少年たちの中で、国分もまた次世代のスター候補として期待を集めていたのです。しかし、同年にスケートボーイズから6名が選抜されて「SMAP」が結成された際、国分はその選抜メンバーから外れるという大きな挫折を味わいます。

その後、1988年後半に結成されたのが、光GENJIの楽曲『剣の舞』のバックを務めるために結成された「平家派(へいけは)」でした。平家派には、後にTOKIOとなる城島茂、山口達也、国分太一、松岡昌宏のほか、V6となる坂本昌行、長野博、井ノ原快彦らが集結。剣術を取り入れた激しいパフォーマンスを繰り広げ、Jr.黄金期の礎を築きました。

選抜落ちの悔しさをバネに、平家派での厳しいレッスンを耐え抜いた経験が、後にTOKIOで見せる粘り強さとプロ意識の原点となっています。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

Share this article
Twitter Facebook Pinterest