105歳で生涯現役を貫いた日野原重明の真実|食事法と危機を救った英断
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1911年(明治44年)に山口県で牧師の家庭に生まれた日野原重明は、京都帝国大学医学部を卒業後、1941年に聖路加国際病院の内科医となりました。2017年(平成29年)7月18日、呼吸不全により105歳で逝去するまで、70年以上にわたって日本の臨床医療の最前線に立ち続けました。
その経歴において特筆すべきは、戦後日本の医療システムそのものを根本から再構築した点にあります。1951年、40歳でアメリカのエモリー大学へ留学した日野原は、当時の日本には存在しなかった「患者中心の医療」「チーム医療」、そして看護教育の重要性を痛感しました。帰国後、彼は旧態依然とした権威主義的な医療界に風穴を開けるべく、数々の改革を断行します。
最大の功績の一つが、1954年に聖路加国際病院でスタートさせた「人間ドック」の開設と全国への普及です。まだ「病気になってから病院へ行く」ことが当たり前だった時代に、無症状のうちに病気を見つけ出す予防医学の概念を日本に定着させました。さらに1970年代からは、加齢とともに誰でもかかる病気と誤解されていた「成人病」という呼称を見直し、個人の日々の生活の積み重ねが発症を左右するという意味を込めて「生活習慣病」への改称を強力に提唱。1996年には旧厚生省(現・厚生労働省)が正式にこの名称を採用するに至りました。