安藤和津の母・荻野昌子の波乱人生|犬養毅との関係と12年介護の真相

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華やかでプライドが高かった母・昌子に異変が現れたのは、70代半ばを過ぎた1990年代中盤のことでした。脳梗塞をきっかけに認知症の兆候が急速に進行。かつて政財界のVIPを手玉に取った洗練された女性が、激しい暴言を浴びせ、夜中に徘徊し、壁に便を塗りたくる「弄便(ろうべん)」行為を繰り返すようになりました。

当時、介護保険制度(2000年施行)はまだ黎明期であり、社会全体に「親の介護は実子が家で担うのが美徳」という旧態依然とした道徳観が色濃く残っていました。安藤和津は「母に捨てられたくない、母を満足させたい」という幼少期からの無意識の承認欲求と義務感から、自らの手で母のすべてを背負い込む道を選んでしまいます。

この極限状態の中で、特筆すべき動きを見せたのが夫の奥田瑛二でした。昭和の映画界を代表する名優でありながら、奥田は義理の母である昌子の下の世話を嫌な顔一つせず引き受けました。汚れたオムツを替え、入浴させ、暴れる義母の手を優しく握って宥める姿は、当時の芸能界関係者やメディアの間でも驚きをもって報じられました。

当時のインタビューや特番で奥田は、「妻が壊れていくのを見ていられなかった」「義母には妻を産み育ててくれた恩がある」と語っています。しかし、夫がどれほど身を粉にしてサポートしようとも、血のつながった実の母娘の間にある精神的なしがらみまでは肩代わりできませんでした。母の視線、母の言葉の刃は、常に主介護者である安藤和津の心だけを直接抉り続けていたのです。

渡辺 美咲

渡辺 美咲

ガジェット&アプライアンスライター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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