吉永小百合と浜田光夫の絆|純愛コンビの熱愛真相と悲劇の事故から現在まで
吉永小百合と浜田光夫の絆|純愛コンビの熱愛真相と悲劇の事故から現在までの見逃せないポイントを一挙に解説しました。
飛ぶ鳥を落とす勢いだった二人の歩みを、突如として残酷な悲劇が断ち切ります。1966年7月25日深夜、名古屋市内の飲食店を訪れていた浜田光夫は、店内で発生した酔客同士の理不尽な乱闘騒ぎに巻き込まれました。その際、投げつけられたガラス瓶の破片が浜田の右目を直撃したのです。
傷は角膜や水晶体に達し、「右目失明の危機」と大々的に報じられました。当時の映画俳優にとって、視力を失うこと、そして顔に傷を負うことは役者生命の終わりを意味しかねない絶望的な事態でした。緊急手術が行われ、失明という最悪の事態は免れたものの、視力の著しい低下と過酷な長期療養を余儀なくされました。
この報せを受けた吉永小百合は深いショックを受け、多忙な撮影の合間を縫って病院へ駆けつけ、涙ながらに浜田を励まし続けました。吉永は浜田の復帰を信じて待ち続けましたが、映画会社としての制作スケジュールは止まることができず、日活は吉永小百合の新たな相手役として渡哲也らを起用し始めます。
浜田光夫は約1年の療養とリハビリを経て1967年に奇跡的な映画復帰を果たしたものの、日活は時代とともに青春路線から任侠・アクション、そしてロマンポルノ路線へと大きく舵を切っていました。こうして、日本中を魅了した吉永小百合と浜田光夫の「純愛コンビ」は、予期せぬ形で終焉を迎えることとなったのです。