大鵬の出身地は樺太?弟子屈?ウクライナ父と激動の生い立ち
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大鵬の端正で堀の深い顔立ちは、当時から相撲ファンの間で女性を中心に絶大な人気を集めていましたが、その理由は父親のルーツにあります。大鵬の父は、ウクライナ(旧ロシア帝国ハリコフ近郊出身)のコサック系であるマルキャン・ボリシコ(Markiyan Boryshko)氏です。ロシア革命の混乱を逃れて極東の樺太へ渡り、そこで北海道出身の日本人女性・納谷キヨさんと出会い結婚しました。
父・マルキャン氏は樺太で大規模な農場を経営し、キツネの養殖を手がけるなど地域の名士として知られていました。幸喜少年には「イヴァン」というウクライナ名も与えられ、家族は敷香の豊かな自然の中で何不自由ない暮らしを送っていました。しかし、1945年8月のソ連軍侵攻が家族の運命を残酷に引き裂きます。
白系ロシア人(亡命者)であった父は、ソ連当局に連行・収容され、一家は強制的に離散させられました。母・キヨさんは幼い幸喜ら子どもたちを守るため、着の身着のままで小樽行きの引き揚げ船「宗谷丸」へと乗り込みます。この過酷な船旅で多くの引き揚げ者が命を落とす中、幸喜は母の腕に抱かれて奇跡的に生き延び、日本の土を踏みました。父・マルキャン氏とはこの日を最後に、二度と会うことは叶いませんでした。