学校のチャイムの謎|空襲警報の歴史とノーチャイム急増の真相

今注目を集めている 学校のチャイムの謎|空襲警報の歴史とノーチャイム急増の真相について、多角的な視点を整理して公開しています。

戦前の日本の学校では、授業の開始と終了を告げる合図として「小使(現在の用務員)が手で振るハンドベル(喚鐘)」や「モーター駆動のサイレン」が使われていました。しかし、終戦直後の教育現場では深刻な問題が持ち上がります。

戦時中に吹き鳴らされた空襲警報のサイレン音は、学童疎開や都市部空襲を経験した多くの子どもたちに強烈な恐怖体験として刻み込まれていました。戦後、学校で授業終了を知らせるためにモーターサイレンを鳴らすたび、子どもたちが戦争の恐怖を思い出して耳を塞ぎ、パニックに陥る事例が全国で報告されていたのです。

この事態を重く見た東京都大田区立大森第四中学校の教職員やPTAは、音響機器技術者とともに「子どもたちの心を傷つけず、落ち着いて耳を傾けられる新しい合図」の開発に乗り出します。1954年(昭和29年)、海外の短波放送(BBC)などで使われていた「ウェストミンスターの鐘」の旋律に着目し、日本初となるミュージックチャイム装置が同校へ試験導入されました。

導入後、生徒たちが穏やかな表情で次の行動へ移る様子が新聞各紙で報じられ、音響メーカー各社(石本電機製作所、TOA、松下電器など)が量産型の電子チャイム機器を開発。高度経済成長期の校舎新設ラッシュと軌を一にして、全国の小中高校へと一気に定着していきました。

吉田 誠

吉田 誠

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

最新のテクノロジーと生活デザインの融合をテーマに、国内外の最新トピックを発信しています。

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