壇ノ浦に沈んだ三種の神器の真相|安徳天皇と草薙剣の行方を追う

壇ノ浦に沈んだ三種の神器の真相|安徳天皇と草薙剣の行方を追うにまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。

壇ノ浦で草薙剣が失われたと聞くと、「現代の皇室には本物の剣がないのか」という疑問が湧きます。しかし、この謎を解く鍵は、古代から続く神道の「本体」と「形代(かたしろ)」という概念にあります。

そもそも草薙剣の本体(原本)は、壇ノ浦に沈んでいません。古代、ヤマトタケルノミコトの時代から、草薙剣の本体はずっと愛知県名古屋市の熱田神宮に御神体として鎮座し続けています。

壇ノ浦で安徳天皇と共に沈んだのは、第10代崇神天皇の時代に宮中(皇居)で祀るために作られた「形代(分身・依代)」でした。古代の信仰において、形代は単なるレプリカではなく、本体と同等の神霊が宿る不可分な存在とみなされます。

形代を失った朝廷は苦境に立たされましたが、承久の乱(1221年)ののち、伊勢神宮の神庫から発見された霊剣(順徳天皇の時代に献上されたもの)を新たな草薙剣の形代として宮中に迎え入れました。したがって、草薙剣が現在どこにあるのかという問いに対しては、「本体は熱田神宮にあり、皇室が儀礼で用いる形代は現在も皇居の『剣璽の間』に厳重に保管されている」というのが歴史的事実に基づいた答えとなります。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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