坂東太郎と呼ばれる川の正体とは?利根川の由来と日本三大暴れ川の歴史
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東遷事業によって太平洋へと導かれた利根川だが、自然の脅威が完全に鎮まったわけではなかった。天明3年(1783年)の浅間山大噴火では、噴出した膨大な火山灰と土砂が吾妻川・利根川へと流入して河床を著しく押し上げ、下流部で深刻な大氾濫を引き起こした。
近代に入ってからも被害は続いた。昭和22年(1947年)のカスリーン台風では、現在の埼玉県加須市付近で堤防が約100メートルにわたって決壊。濁流は利根川沿いのみならず、遠く離れた東京都葛飾区や江戸川区まで水没させ、死者・行方不明者1,000人超という未曾有の被害を記録した。
この惨劇を契機に、利根川の治水対策は抜本的な近代化へと舵を切った。上流部における多目的ダム群(藤原ダム、矢木沢ダムなど)の建設をはじめ、中流部では広大な渡良瀬遊水地や田中調節池の整備が進められ、洪水時のピーク水量を一時的に蓄える遊水機能が強化された。
さらに現在では、堤防の幅を広くして決壊を防ぐ高規格堤防(スーパー堤防)の整備や、AIと衛星データを活用した流域治水のリアルタイム予測システムが導入されている。坂東太郎と対峙し続けてきた歴史は、日本の最新防災テクノロジーの発展そのものと言える。