【徹底解説】朝鮮半島の歴史年表!古代から南北分断の真相まで一気読み

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19世紀後半、欧米列強のアジア進出に伴い東アジアの伝統的な秩序は崩壊します。明治維新を遂げた日本は、ロシアの南下政策に対する防壁として朝鮮半島を極めて重視しました。

1894年の甲午農民戦争(東学党の乱)を契機に勃発した日清戦争で日本が勝利すると、下関条約によって清朝の宗属関係が断ち切られ、1897年に「大韓帝国」が成立。しかし、日露戦争(1904〜1905年)を経て日本の優位が確定すると、1905年の第二次日韓協約により大韓帝国の外交権が剥奪され、統監府が設置されました(初代統監は伊藤博文)。

1909年にハルビンで伊藤博文が暗殺された翌年、1910年に日韓併合条約が締結され、半島は日本の統治下に入ります。京城(現ソウル)に朝鮮総督府が置かれ、道路・鉄道・港湾などのインフラ整備や衛生環境の改善、近代教育の導入が進められた一方で、土地調査事業や言論・集会の制限に対する反発が広がりました。

1919年の「三・一独立運動」を境に、総督府は武力中心の統治から言論や出版を一定程度認める「文化統治」へと方針を転換。しかし1930年代後半の日中戦争から太平洋戦争期にかけては、創氏改名や皇民化教育、志願兵・徴用などの戦時動員体制が敷かれ、この時期の政策や補償問題は現代の日韓関係においても複雑な影を落としています。

清水 千尋

清水 千尋

フード&トラベルライター

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。

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