徳川家斉の正室・広大院とは?子53人の将軍を支えた茂姫の真実と大奥
徳川家斉の正室・広大院とは?子53人の将軍を支えた茂姫の真実と大奥とは一体何なのか? 詳しい意味を整理してお届けします。
側室が次々に子を産み育てる状況下では、正室と側室の激しい権力闘争や嫉妬が渦巻くのが大奥の常と考えられがちです。しかし、記録に残る徳川家斉と茂姫の夫婦仲は極めて良好で、深い相互信頼で結ばれていました。
幼少期から婚約者として育った2人には、男女の情愛を超えた戦友のような結束がありました。家斉は政治的な相談や大奥内の人事に関して必ず茂姫の意見を求め、正室としての格式を何よりも重んじたと伝えられています。
また、茂姫自身が非常に聡明で気配りに長けており、側室たちに対しても高圧的な態度を取らず寛容に接したため、大奥内での求心力は群を抜いていました。家斉の贅沢や奔放さを陰からしっかりと手綱を取り、大奥の秩序を守り抜いた彼女の手腕は、歴代の御台所の中でも傑出していたと評されています。