呼んでいる胸のどこか奥での曲名と歌詞の意味|千と千尋主題歌の真実
呼んでいる胸のどこか奥での曲名と歌詞の意味|千と千尋主題歌の真実を徹底追究! 読者が気になる 情報と解説を分かりやすく展開します。
この名曲には、映画ファンの間でも語り草となっているドラマチックな誕生秘話が存在します。実は『いつも何度でも』は、『千と千尋の神隠し』のために作られた曲ではありませんでした。
事の発端は1997年、木村弓が映画『もののけ姫』を鑑賞し、強い感銘を受けたことに始まります。木村は宮崎駿監督へ自らの歌を吹き込んだカセットテープと手紙を送り、これがきっかけで両者の文通がスタートしました。当時、宮崎監督は次回作として東京の大浴場を舞台にした企画『煙突描きのリン』を構想しており、木村に対して企画のあらすじを伝えて楽曲制作を打診します。
木村は友人の詩人・覚和歌子に作詞を依頼し、1999年に『いつも何度でも』の原曲が完成しました。ところが、スタジオジブリ社内での検討の結果、『煙突描きのリン』の企画そのものが白紙撤回となってしまいます。制作中止を告げる宮崎監督からの手紙を受け取った木村は落胆したものの、この曲を自身のコンサートで大切に歌い続けていました。
転機が訪れたのは、新たに立ち上げられた『千と千尋の神隠し』の作画作業が大詰めを迎えていた頃です。制作の過酷な日々のなかで、宮崎監督はこの曲を繰り返し聴いていました。そして「この曲に込められた精神こそが、過酷な世界を生き抜く千尋の心情そのものである」と確信し、急遽エンディングテーマとしての起用を決断したのです。一言の歌詞も変更されることなく映画の結びを飾ることになった背景には、作品の枠を超えて共鳴したクリエイター同士の強い絆がありました。