富岡八幡宮事件の真相|骨肉の争いが生んだ惨劇の動機と現在
富岡八幡宮事件の真相|骨肉の争いが生んだ惨劇の動機と現在の要点を丁寧に掘り下げてご紹介します。
弟の追放後、荒廃しかけた富岡八幡宮の経営と信仰を立て直すべく奔走したのが長子さんでした。長子さんは宮司代務者や禰宜(ねぎ)として手腕を発揮し、責任役員会や氏子総代会からの信望を集めて正式な「富岡八幡宮 宮司」への就任を目指しました。
ところが、全国約8万の神社を統括する神社本庁は、富岡八幡宮側が提出した長子さんの宮司任命具申を何年にもわたって保留し続けました。神社本庁内部の派閥対立や保守的な人事方針、さらには茂永側が神社本庁関係者へ送りつけていた誹謗中傷文書などが影響したと指摘されています。
正当な手続きを経てもなお正式任命を拒まれ続けた富岡八幡宮側は、2017年9月に神社本庁からの離脱(単立宗教法人化)を決断しました。これにより、長子さんは名実ともに第21代宮司へと正式就任を果たしたのです。しかし、この独立措置によって「二度と自らが宮司へ復帰する道が閉ざされた」と悟った茂永は、孤立感を深め、殺害計画を具体化させていきました。