勝てば官軍負ければ賊軍の意味と由来|歴史の真実と現代の使い方

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この言葉の直接的な歴史の舞台は、1868年に勃発した戊辰戦争の初戦「鳥羽・伏見の戦い」です。

徳川幕府の大政奉還後、実権をめぐって対立していた旧幕府軍と薩摩・長州を中心とする新政府軍が激突。戦力が拮抗していた最中、新政府軍の陣頭に掲げられたのが「錦の御旗(にしきのみはた)」でした。朝廷から公認された証であるこの旗が翻った瞬間、それまで260年以上にわたり日本を治めてきた徳川家と旧幕府軍は、突如として国家への反逆者たる「朝敵(賊軍)」の烙印を押されることになりました。

当時の幕臣や会津藩士の手記や回想録には、昨日まで国を支えてきた誇りが一瞬にして踏みにじられた無念と不条理が克明に綴られています。幕臣・勝海舟も後に自著や談話録の中で、権力の推移がいかに勝者の一方的な論理で塗り固められるかを冷徹に観察していました。

まさに「歴史は勝者によって作られる」という世界共通の冷厳な法則が、日本近代の幕開けにおいて最もドラマチックな形で具現化した瞬間であり、人々はこの逆転劇への皮肉と諦観を込めて「勝てば官軍」と語り継ぐようになったのです。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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