消えたブルマの真相とは?機能性とプライバシーが変えたコートの歴史
消えたブルマの真相とは?機能性とプライバシーが変えたコートの歴史とはどんな影響があるのか? 背景や要点を整理してお届けします。
ブルマの歴史を遡ると、1964年の東京五輪で金メダルを獲得した「東洋の魔女」の活躍に行き着く。「鬼の大松」と恐れられた大松博文監督の苛烈な指導のもと、主将の河西昌枝ら選手たちがコート上を転がりボールを拾い上げる姿は、日本中に深い感動を与えた。激しい練習に耐え抜く選手たちが身に包んでいたのが、密着度の高いウエアだった。
このブームを後押ししたのが、社会現象となった漫画・アニメ作品『アタックNo.1』だ。主人公たちが汗を流す熱血な姿とブルマ姿の鮮烈なビジュアルは、当時の若者文化や昭和レトロカルチャーの象徴として人々の記憶に刻まれた。バレーボールという競技そのものが国民的スポーツへと駆け上がる過程で、ウェアもまた日本スポーツ界の「顔」として定着していったのだ。