中山大障害ファンファーレに鳥肌が立つ理由|名曲の真実と手拍子の真相
中山大障害ファンファーレに鳥肌が立つ理由|名曲の真実と手拍子の真相の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。
競馬場で耳にする音楽の中でも、ひときわ異彩を放つ芸術性を誇る中山大障害ファンファーレ作曲者は、日本を代表する作・編曲家であり音楽界の巨匠として数々の名曲を世に遺した服部克久氏です。JRAが障害競走の体系を抜本的に見直し、グレード制(J・GI、J・GII、J・GIII)を導入した1999年、東京・中山競馬場の重賞競走ファンファーレを手掛けていた服部氏に、障害最高峰のための特別な楽曲制作が託されました。
生前のインタビューや制作手記において、服部氏は競走馬と騎手が命懸けで高さ160cmもの大障害を飛び越えていく過酷な戦いに対し、深い敬意を抱いていたと語られています。単なる勝負の始まりを告げる合図ではなく、生還を願う讃美歌のような崇高さを宿しているのは、氏が「人馬の無事と勇気への祈り」を楽譜の端々に刻み込んだからにほかなりません。
この楽曲が本馬場で響き渡るのは、春の中山グランドジャンプファンファーレと、年末を締めくくる中山大障害の年2回のみです。平地のGIファンファーレがファンファーレ特有のファンタジックで明るい祝祭感を強調しているのに対し、服部克久ファンファーレ名曲と名高いこのナンバーは、重厚なホルンとトロンボーンの重低音、緊迫感に満ちたトランペットの呼び交わしが織り成す重厚なシンフォニーとなっています。