高円宮憲仁親王の遺志と功績|急逝の真相からAed普及と現在の皇室
高円宮憲仁親王の遺志と功績|急逝の真相からAed普及と現在の皇室の全体像を詳しく解説してご紹介します。
高円宮憲仁親王の公務における最大の功績の一つが、スポーツを通じた草の根の国際親善と青少年の育成です。親王は1987年から日本サッカー協会(JFA)の名誉総裁を務め、日本サッカー界の発展に尽力しました。
その真骨頂が、2002年に開催された「FIFAワールドカップ日韓共催大会」での外交手腕です。開催決定に至る複雑な政治的背景や両国間の緊張を乗り越えるべく、親王は自らパイプ役を買って出ました。2002年5月には、戦後の皇族として初めて大韓民国を公式訪問し、開会式に出席。韓国国内でも親王の温和で気さくな人柄とスポーツへの純粋な情熱は絶賛され、日韓の歴史的な融和ムードを決定づける大きな架け橋となりました。
現在もユース年代最高峰の大会として親しまれている「高円宮杯 JFA 全日本U-18サッカープレミアリーグ」をはじめ、親王の名を冠した大会が各競技で開催されています。親王は「スポーツはルールを守り、相手を尊重する精神を養う最良の場である」と語り、エリート教育のみならず底辺拡大と健全な青少年育成に心血を注ぎました。
もうひとつの情熱|世界屈指の「現代根付コレクション」
スポーツの一方で、憲仁親王は日本伝統工芸の保護と発展にも並々ならぬ情熱を傾けました。特に江戸時代から続く装飾具である「根付(ねつけ)」の蒐集と研究においては国際的なオーソリティとして知られ、現代の職人たちが手掛ける「現代根付」を積極的に支援しました。親王が集められた500点を超えるコレクションは、現在東京国立博物館に「高円宮コレクション」として寄贈・収蔵され、国内外の研究者や美術愛好家に日本の精緻な美意識を伝え続けています。