なぜ1940年東京五輪は幻となったのか?返上の真相と遺された証言

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開催中止の決定が2年前という直前のタイミングだったため、大会運営に必要な宣伝物や記念品はすでに多数制作されていました。

代表的なものが、グラフィックデザイナーの和田三造らが手掛けた公式ポスターです。古代の甲冑を身にまとった武士が描かれた力強い意匠のポスターや、日の丸と五輪マークを大胆にあしらったデザインなど数種類が完成し、国内外へ配布され始めていました。

さらに、大蔵省造幣局では記念メダルの試作が進められていたほか、大会入場券(チケット)の先行予約や各種記念絵葉書、さらには「東京オリンピック音頭」といったタイアップ楽曲のレコードまで流通していました。現在でもこれらの一部は歴史的資料としてスポーツ博物館などに収蔵されているほか、古物市場やオークションにおいて非常に希少価値の高いコレクターズアイテムとして取引されています。

阿部 裕樹

阿部 裕樹

エンタメ専門ジャーナリスト

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。

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