映画監督・西村昭五郎の軌跡|『団地妻』から『西部警察』までの真相
映画監督・西村昭五郎の軌跡|『団地妻』から『西部警察』までの真相にまつわる興味深い視点を分かりやすく発信ます。
映画監督としての確固たる地位を築いた西村昭五郎のキャリアは、昭和の映画黄金期における徹底した現場経験から始まりました。西村昭五郎のプロフィールを振り返ると、その知性と現場主義の絶妙なバランスが浮かび上がります。
1930年(昭和5年)1月18日に東京で生まれた西村昭五郎は、東京大学文学部仏文学科を卒業という、当時の映画界でも屈指のインテリジェンスを備えた俊英でした。1954年に名門・日活へ入社すると、田坂具隆、川島雄三、今村昌平といった映画史に名を残す名監督たちのもとで助監督として徹底的に映画作りの基礎を叩き込まれました。
1963年、フランキー堺主演の『競輪上人行状記』で待望の監督デビューを果たします。人間の業や欲望を軽妙かつシニカルに描いた本作は、新鋭監督としての才気を強く印象づけ、映画界における西村昭五郎の経歴の華々しいスタートとなりました。