昔の稚内駅は海直結だった?樺太連絡船から線路短縮の歴史を追う

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現在の稚内駅を訪れると、線路はわずか1本、プラットホームも1面のみという非常にすっきりとした構造になっています。しかし、昔の配線図や古写真を確認すると、その違いに驚かされます。

かつての稚内駅は、貨物列車用の側線や機関車の留置線が何本も並ぶ広大な鉄道ヤードを有していました。北洋漁業全盛期には、水揚げされた大量の魚介類を全国へ輸送するための冷蔵車がひしめき合い、貨物の積み降ろし作業で昼夜を問わず活気に満ちていました。

時代の流れとともに貨物輸送がトラックへと移行し、夜行急行列車や長大編成の特急列車が姿を消していった結果、施設は徐々にスリム化されました。現在のような単線1面1線のレイアウトになったことで、かつての広大な線路跡地は駅前広場や道路、商業用地へと生まれ変わり、現在の洗練された都市景観を作り出しています。

井上 凛

井上 凛

シニアコンテンツプロデューサー

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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