奈良の鹿の角切り徹底解説|痛い?かわいそう?驚きの理由と角の行方
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鹿の角切りの起源は江戸時代初期の1671年(寛文11年)〜1672年(寛文12年)に遡ります。当時の奈良奉行であった溝口信勝(みぞぐちのぶかつ)が、町民や春日大社への参拝者が角で突かれて怪我をする事故を防ぐため、興福寺や春日社領の協力を得て開始を命じたと記録されています。当初は奈良町の袋小路に鹿を追い込んで角を切っていましたが、明治以降に現在の鹿苑内に専用の角きり場が整備されました。
この神事を現場で支えるのが、「勢子(せこ)」と呼ばれる伝統技術者集団です。法被姿に鉢巻きを締めた勢子たちは、時速50キロ近くで走り回る雄鹿と命がけで対峙します。
赤旗と白旗を巧みに振って鹿の視界をコントロールし、「十字竹(じゅうじだけ)」と呼ばれる竹竿で進路を制限しながら、角を狙って「投げ縄(捕獲網)」を一瞬の隙を突いて投げかけます。縄が角にかかると、複数の勢子が体重をかけて鹿を抱え込み、敷いたゴザの上へと素早く誘導します。神職によってお清めの神酒が注がれた後、「鋸(のこぎり)」を持つ角切り役が手早く角を切り落とす一連の動作は、まさに350年の修練が凝縮された職人技です。