麿赤兒の現在と伝説の真相|大森南朋・立嗣との家族の絆と大駱駝艦
麿赤兒の現在と伝説の真相|大森南朋・立嗣との家族の絆と大駱駝艦にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
麿赤兒の若い頃を語る上で欠かせないのが、劇作家・唐十郎との運命的な出会いです。1965年、唐が率いる伝説のアングラ劇団「状況劇場」(紅テント)に参加。劇団の看板役者として、怪奇かつ野性味あふれる演技で当時の若者たちを熱狂させました。
同時期、暗黒舞踏の創始者である土方巽(ひじかた たつみ)に師事。肉体の根源的な衝動を呼び覚ます舞踏(Butoh)の洗礼を受けます。そして1972年、自らの舞踏集団「大駱駝艦(だいらくだかん)」を旗揚げしました。
大駱駝艦が掲げたスローガン「天賦典式(てんぷてんしき)」——“この世に生まれ落ちたこと自体が大いなる才能である”という思想のもと、全身を白塗りにした舞踏手たちが繰り広げるダイナミックな群舞は、演劇界・舞踏界に凄まじい衝撃を与えました。1980年代以降はフランスやアメリカなど海外公演でも絶賛を浴び、「BUTOH」を世界共通の芸術言語へと押し上げた立役者の一人となりました。