富山ブラックはなぜ塩辛い?元祖西町大喜の秘密と白飯必須の真相

富山ブラックはなぜ塩辛い?元祖西町大喜の秘密と白飯必須の真相についての最新情報をお届けします。

富山ブラックのルーツは、終戦直後の1947年(昭和22年)に遡ります。富山市中心部の西町に創業した屋台(現在の「元祖 西町大喜」)の創業者・高橋登氏が、戦後復興の土木作業に従事する若者たちのために考案したのが始まりです。

当時、炎天下で汗を流す肉体労働者たちは激しい塩分不足に陥っていました。そこで店主は、持参したドカ弁の「白飯のおかず」になるよう、濃口醤油を煮詰めた超濃厚なタレをベースにラーメンを開発したのです。つまり、富山ブラックはスープを味わう一般的なラーメンではなく、「ご飯を大量にかきこむための濃いおかず」として設計された背景があります。

一般的な醤油ラーメンの塩分濃度がおよそ1.2%〜1.5%程度であるのに対し、元祖系の富山ブラックは2.0%以上に達することもあります。スープが真っ黒なのは、長時間の煮込みと熟成を経た特製醤油ダレをたっぷりと使用しているためであり、決して焦げ付いているわけではありません。スープの黒さ、濃い塩分、そして大量の粗挽き黒コショウは、過酷な労働を支えた歴史の証言者でもあるのです。

池田 達也

池田 達也

マネー&キャリアエディター

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。

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