ホンダ変革の異端児・三部正博の真実:脱エンジンを決断したエンジニア社長の執念と破調
ホンダ変革の異端児・三部正博の真実:脱エンジンを決断したエンジニア社長の執念と破調にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。
ホンダのアイデンティティは、創業者・本田宗一郎が培った「エンジンへの絶対的自負」にある。F1レースでの快進撃、画期的な低公害エンジン「CVCC」の開発など、同社の歴史は常に内燃機関の進化と共にあった。その最高峰を歩んできた人物こそが三部正博だ。
三部は大学院を修了後、1987年にホンダに入社。一貫してエンジン開発の第一線に身を置いてきた。排ガス規制対応やハイブリッドシステムの基礎構築など、時代の要求に応えるパワートレインを生み出し続けた「根っからのエンジニア」である。それゆえに、彼の「脱ガソリン」宣言は社内外に激しい衝撃を与えた。
なぜ自らのバックボーンを否定する選択をしたのか。三部は後年、インタビューでこう明かしている。「現状維持は衰退を意味する。自動車産業の構造変化は、エンジンの微修正で対応できるレベルを超えていた」。世界的規模での脱炭素(カーボンニュートラル)要求は待ったなしだ。生半可な足踏みは、テスラや中国の新興EVメーカーに市場を根こそぎ奪われる危機感を意味していた。