アジア初のオリンピックはなぜ日本へ?幻の1940年計画と開催の真実

アジア初のオリンピックはなぜ日本へ?幻の1940年計画と開催の真実について専門的な視点から解説いたします。最新の情報をお届けします。

Q1:アジアの国で最初にオリンピックでメダルを獲得した選手は誰ですか?
A1:日本人選手がアジア初のメダリストです。1920年のアントワープ大会(ベルギー)において、テニス男子シングルスおよびダブルスに出場した熊谷一弥選手(シングルス銀メダル、柏尾誠一郎選手とのペアでダブルス銀メダル)が獲得したのがアジア史上初となります。なお、アジア初の金メダルは1928年アムステルダム大会の陸上・三段跳で金メダルを獲得した織田幹雄選手です。

Q2:1964年東京大会の開会式が10月10日に行われた理由はなぜですか?
A2:東京の過去の気象データを詳細に分析した結果、10月中旬が「秋晴れが続き、台風や雨の確率が最も低い特異日」であったためです。この開会式の日を記念して制定されたのが国民の祝日「体育の日(現在のスポーツの日)」です。

Q3:1940年の「幻のオリンピック」で予定されていたメイン会場はどこでしたか?
A3:現在の明治神宮外苑競技場(後の国立競技場)を改修する案のほか、東京・世田谷区の駒沢(現在の駒沢オリンピック公園一帯)に巨大な主競技場を建設する計画が進められていました。大会中止に伴い工事はストップしましたが、その用地は1964年大会の第2会場として見事に甦りました。

中村 さくら

中村 さくら

マネー&キャリアエディター

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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