なぜ京大熊野寮に機動隊が突入?家宅捜索の真相と中核派の関係を追う
なぜ京大熊野寮に機動隊が突入?家宅捜索の真相と中核派の関係を追うについての疑問解決ガイドをお届けします。
熊野寮と中核派の関係は、1960年代から1970年代にかけて吹き荒れた学生運動の時代にまで遡ります。熊野寮は1965年に開設された学生自治寮であり、開設当初から大学当局による管理運営を拒否し、寮生自らが生活規律や入寮選考を決定する「完全自治」の原則を貫いてきました。
しかし、学生運動の退潮とともに全国の大学寮から政治色が薄れるなか、熊野寮は中核派系全学連の活動拠点としての命脈を保ち続けました。寮の入り口付近には政治色の強い立て看板やビラが掲出され、集会用のスペースが存在することも事実です。
では、寮生全員が過激派活動家なのかというと、実態は大きく異なります。約400人いる寮生の大半は、月額約4,000円台という破格の寮費や独自の共同生活カルチャーに惹かれて入寮した一般の京大生や留学生です。過激派として政治活動に専念している寮生はごく一部であり、寮内では「政治活動を行う自由」も「関与しない自由」も保障された複雑な共存関係が成り立っています。