『海がきこえる』原作本とアニメの結末の違いは?続編小説が明かす2人の未来
『海がきこえる』原作本とアニメの結末の違いは?続編小説が明かす2人の未来について徹底解説いたします。最新の情報をチェックしてください。
アニメ版『海がきこえる』を語る上で欠かせないのが、東京・吉祥寺駅の反対側ホームに立つ里伽子を見つけ、中央線の車内から駆け戻った拓と視線が交差するラストシーンです。「やっぱり、お前が好きだったんだ」と確信する拓のモノローグと、坂本洋による切なくも爽やかな劇伴が重なり、ジブリ屈指のロマンチックなエンディングとして語り継がれています。
ところが、原作小説『海がきこえる』の結末には、あの吉祥寺駅のシーンは存在しません。原作第1巻のクライマックスは、高校卒業後、東京の大学に通う拓が高知へ帰郷し、懐かしい仲間たちと集う「同窓会」です。
同窓会に里伽子の姿はなく、拓は親友の松野豊から、里伽子が「東京の大学へ行くのは、お風呂で寝る人に会えるから」と話していた事実を打ち明けられます。かつて東京旅行のホテルで、里伽子にベッドを譲りバスタブで寝た拓自身のことでした。自分が里伽子にとって特別な存在であったことを初めて知った拓は、高知城のライトアップを眺めながら、自分が彼女に抱いていた感情の正体に気づきます。ドラマチックな劇的再会ではなく、「失われてから気づく思春期の甘酸っぱさと悔恨」を静かに噛みしめるモノローグこそが、氷室冴子が小説で描いた本来のエンディングでした。