徳川慶喜の子孫の現在は?カメラマンや作家など多様な経歴を持つ子孫を家系図をもとに解説! | かっこいい有名人研究所
徳川慶喜の子孫の現在は?カメラマンや作家など多様な経歴を持つ子孫を家系図をもとに解説! | かっこいい有名人研究所とはどんな影響があるのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。
明治維新後も慶喜の側室として仕えた2人の側室のうちの一人は中根幸です。
慶喜との間に6人の子供二男四女を出産しています。
四男・德川厚(あつし)は東明火災海上保険取締役
生誕 1874年(明治7年)9月2日 – 死没 1930年(昭和5年)6月12日
慶喜の四男ですが、兄たちが幼くして亡くなっていることから、事実上の長男として育てられたといいます。
1904年に貴族院議員に就任して以来、1925年まで貴族議員を務めました。
また、当時の東明火災保険(後に東京海上火災に合併)の取締役も務めました。
慶喜が興した徳川慶喜家の家督は、弟の慶久が継いでいます。
九男・徳川誠(まこと)は実業家
生誕 1887年(明治20年)10月31日 – 死没1968年(昭和43年)11月11日
慶喜の九男で1908年学習院中等科を卒業すると、同年アメリカ合衆国ミシガン州のホープ・カレッジに留学しています。
アメリカから帰国後は横浜正金銀行に勤務し、アメリカやフランスの支店に赴任。
帰国後、同行を退職し、浅野セメント監査役に就任するなど実業家として名を馳せました。
1946年(昭和21年)に、貴族院議員に選出され、貴族院廃止まで務めています。