渋沢栄一の正妻・尾高千代は実はいとこ!美人で頭が良かった説も! | かっこいい有名人研究所
渋沢栄一の正妻・尾高千代は実はいとこ!美人で頭が良かった説も! | かっこいい有名人研究所を徹底追究! 読者が気になる トピックの裏側を凝縮して配信します。
尊王攘夷活動に奔走し家を空けることが多かった渋沢栄一さんですが二人には5人の子がいました。(2人夭折)
渋沢栄一さんと尾高千代さんの子孫をご紹介します。
長女・渋沢歌子(歌人・穂積歌子)
歌人で著作に『穂積歌子日記』『ははその落葉』『三日の大和路』があります。
婦人会活動も盛んで、大日本赤十字社や愛国婦人会の会員、慈恵委員慈恵会では幹事、出征軍人家族慰問婦人会では理事など数多くの活動に参加し「良妻賢母の鑑」と言われていました。
次女・渋沢琴子
幼い頃に母尾高千代さんが亡くなり姉夫婦に育てられます。
結婚後は慈恵医院婦人会に入って慈善活動を行い、皇后から上野慈恵病院常置幹事を任命されるなどの活躍をしていました。
長男・渋沢篤二
渋沢栄一さんが創業した澁澤倉庫部の倉庫部長に就任。
その後、欧米諸国を歴遊し制度や文物を視察し、帰国後には第一銀行検査役に就任。
渋沢家と第一銀行が出資し澁澤倉庫部が澁澤倉庫株式会社に改組されると初代取締役会長に就任しました。
しかし、女性関係のスキャンダルが明るみに出てしまい廃嫡。
澁澤倉庫取締役会長を一度は退任しますが、その後会長職に復帰しています。
孫・穂積重遠(法学家)
家族法の権威で「日本家族法の父」と言われます。
東京帝国大学法学部(現在の東京大学)を卒業と共に同大学講師に就任。
その後が渡米留学の辞令を受け、ドイツ・フランス・イギリス・アメリカと4か国へ留学。
欧米諸国を視察し、社会教育の重要性や婦人問題に着目をするようになります。
帰国後は教授となり、東京帝国大学総長の推薦により法学博士を授与されます。
その後、東京帝国大学教授・法学部長、最高裁判所判事を歴任。
勲一等旭日大綬章を受章。
孫・渋沢敬三(日本銀行総裁、大蔵大臣など)
東京帝国大学経済学部卒業。
若くして渋沢栄一さんから後継者として懇請され実業界に入ります。
横浜正金銀行、第一銀行を経て日本銀行総裁、大蔵大臣をつとめました。
一方で民俗学や漁業史を研究、学術団体を支援するなど、文化人としても活躍しました。