高倉健と江利チエミ愛憎の真相|異母姉事件と生涯再婚しなかった理由

高倉健と江利チエミ愛憎の真相|異母姉事件と生涯再婚しなかった理由にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

結婚から3年後の1962年、二人の間に待望の第一子が宿ります。子供好きだった高倉健の喜びはひとしおで、夫婦でベビー服を買い揃えるなど誕生を心待ちにしていました。しかし、妊娠中期にチエミを襲ったのが、極めて重度の妊娠中毒症(現在の妊娠高血圧症候群)でした。

医師から「これ以上妊娠を継続すれば、母体の命が危険にさらされる」と告げられた高倉は、断腸の思いで中絶・流産の同意書にサインします。一命を取り留めたチエミでしたが、「夫に子供を産んであげられなかった」という自責の念に激しく苛まれることになりました。

二人は失われた我が子の魂を供養するため、自宅の庭や逗子の地に水子地蔵を建立し、手を合わせ続けました。しかし、この流産を境に、家庭内には言葉にできない重苦しい空気が漂い始めます。仕事で多忙を極める高倉と、孤独と罪悪感を深めるチエミの間に、修復しがたい心の溝が少しずつ生じていきました。

中川 明日香

中川 明日香

ビジネス戦略アナリスト

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。

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