よもぎ餅と草餅は別物だった?母子草の歴史と職人が教える決定的な違い

よもぎ餅と草餅は別物だった?母子草の歴史と職人が教える決定的な違いに関する基本知識を初心者にも親しみやすくまとめました。詳細を読もうことができます。

結論から言えば、現代の一般的な和菓子店において「草餅」と「よもぎ餅」はほぼ同じものとして販売されているケースが主流です。しかし、草餅とよもぎ餅の原材料の違いを歴史的な視点で見ると、全く異なる植物がルーツにありました。

古代から平安時代にかけて作られていた草餅の主原料は、春の七草の一つとしても知られる「ハハコグサ(母子草)」でした。中国から伝わった上巳の節句の風習とともに、古来の日本では母子草の若い茎葉を摘んで餅に搗き込んでいた記録が残っています。

では、なぜ母子草からよもぎへと原料が切り替わったのでしょうか。その転換点は江戸時代に訪れます。武士が実権を握る社会構造の中で、「母と子を臼(うす)と杵(きね)で搗(つ)く」という行為が「母子を傷つける」「家系が途絶える」といった不吉な連想を生むとされ、強い忌み言葉として避けられるようになりました。

そこで白羽の矢が立ったのが、強い生命力を持ち、独特の芳香を放つ「よもぎ(蓬)」です。よもぎは邪気を祓う薬草として古くから重宝されており、繁殖力も旺盛であったことから、母子草に代わって餅の原料の主役へと定着しました。つまり、「草餅という大きな枠組みの中に、歴史的変遷を経て誕生したよもぎ餅が存在する」というのが、菓子の系譜における正確な位置づけです。

石川 優花

石川 優花

インテリア&ライフスタイルコーディネーター

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。

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